旧琉球王国の領域の住民や、アイヌが用いた船舶が和船と言いうるかどうかは議論が必要である。
琉球王国で使用されていた船舶や舟艇のうち、大型の構造船「進貢船」は明らかにジャンクであり、やや小型の「馬艦船」(マーラン船)もジャンクに近い構造を持っている。また、奄美群島で用いられた板付(イタツケ、イタツキ)や比較的大型の板付である小早船(クバヤ)、沖縄本島北部西海岸とその周辺島嶼部を中心に用いられたタタナー(二棚船)、大宜味村の塩屋湾でおこなわれるウンジャミという祭りに登場するハーリー船、八重山群島・黒島の豊年祭に登場するパーレー船など、和船に類似する構造を持つ船もある。
それらを除く小型のサバニは全て丸木舟(クリブニ)であったが、明治期の琉球処分以後、特に沖縄本島南部の糸満においてアギヤーと呼ばれる大型追込網漁がおこなわれるようになり、積載する漁具や人員が増加して相対的に大型の船体を必要とするようになったことや、九州以北との関係が強まって、宮崎産の飫肥杉が用材として豊富に流通するようになったことなどを契機として複材化された。その際、チキリや竹釘を用いて船材を接合する九州以北の木工技術が導入され、定着した。このようにして複材化・大型化したサバニは「ハギ舟(本ハギ、糸満ハギ)」と呼ばれる。
台湾東海岸沖の蘭嶼という島に住むヤミ族の船(タタラなど)も、和船と一部の特徴を共有するものだが、それら相互の系統関係についてはつまびらかではない。
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北海道に目を転じてみると、実は近世以前のアイヌの船舶については殆ど史料が無いのが現状である。ただ、苫小牧市沼ノ端から出土した17世紀のイタオマチプの残骸や、千歳市美々8遺跡出土の舟の残骸から見ても、タナ発達、縫合船という点で和船に非常に近い構造を持っていたことが窺われる。
江戸初期までの和船は帆桁が下部にもあり、風上への航行が出来なかったため、軍船の場合は数十挺から多いものでは百挺以上の櫓を有し、漕走を主とした。江戸中期以降の弁才船になると下部の帆桁がなくなり、帆の下部をすぼませる事で風上への航行(間切り走り)も可能となったため、江戸時代の近海海運は大いに発展することとなった。